『青い蝶がたくさん飛んでいるところに近寄ってはいけない。その先には鳥居があって、黄泉ちゃんという少女がいる。彼女と目が合った人間は鳥居の向こう側に引きずり込まれ、二度と帰ってこられなくなる。』……。
「黄泉ちゃん」という、二軍くらいのポジションの怪談がある。 トイレの花子さんや人面犬、ムラサキカガミ、こっくりさんなどのメジャーな話は、大抵どの怪談本にも掲載されている。対して「黄泉ちゃん」はあまり有名ではなく、ページの最後の方に載っていればいい方だ。怖い話や都市伝説を進んで読む人くらいしか知らないだろう。 さらにマニアックなのは「心臓のない画家」という話。稀に「黄泉ちゃん」のオマケのとして語られている。内容は、胸に穴の空いた、あの世から来た画家に肖像画を描かれると死ぬ、というよくあるもの。画家のアトリエには黄泉ちゃんが連れ去った人間たちの肖像画がたくさん飾られているとか、肖像画を描かれると黄泉ちゃんが現れるとか、そのあたりの順序は本によってまちまちだ。 そして、彼らは自分たちの噂をした人間のもとに現れやすいらしい。 『都市伝説特集』とおどろおどろしい文字が踊るハードカバー。それを読む、殆どでっち上げで名前を出されてしまったばけもの。 彼女の本当の名前は、死者の世界を指す「黄泉」などと特に意味を持たず、ただの「ヨミ」でしかない。 そして、彼女も元々は怪異に晒される側の人間だった。人気絶頂の真っ只中で首を吊って死ぬという、謎の自死を遂げた有名女優の佐野山瑠奈。だが、ヨミにとっては過去のことなどどうでもよく、というより、自分が佐野山瑠奈であったことも、ばけものとして転生した際におおかた忘却してしまっている。
人間は、ばけものとして生まれ変わるとき、元の名前を奪われてしまうのだ。
記憶は失くしても容姿だけは端麗なままで、しかし人間に好評だった美しさがばけものの間でも通用するかといえば話は別だ。岩を繋ぎ合わせたような妖怪がトップスターとして君臨するばけものの世界。美的感覚の違いに憤りながら、ヨミは自分の容姿が認められやすい人間の世界で棲むことを選んだ。
あの世の食べ物だけはこの世と比べ物にならないほど美味であるため、食事をするときだけは、あちらの世界に戻っている。
彼女が出入りをするとき、通り道として、真っ赤な門が実体化する。人間界の神聖な場所にある「鳥居」によく似たその門は、たしかに何度か興味本位で潜った者をそのまま冥界に突き落としてしまった。 都市伝説はその様子から生まれたと思われる。
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